ADAPT、足裏データの活用で義肢装具の制作から怪我の予防、アスリート支援まで
高齢者に不自由ない生活を、こどもたちに怪我の無い未来を
大阪府堺市は人口減少や高齢化など、地方自治体が悩む社会的課題の解決に向け、イノベーション創出に取り組んでいる地元企業やスタートアップに対する様々な支援を行っている。株式会社ADAPTもそのような企業のひとつで、中百舌鳥にあるインキュベーション施設「S-Cube」から全国に向けた事業展開をめざしている。
ADAPTは主として足に課題を抱える患者に向けた義肢装具の開発、製造を行なっている。特に医師との連携の上で靴の中敷きとして使うオーダーメイドのインソールなどを製造し、足や膝に痛みを抱える患者の症状改善を支援している。
今回は同社の代表取締役であると同時に現役の義肢装具士でもある須藤佑介氏に同社のビジョンや事業概要について話を伺うことができたので紹介する。
義肢装具士の職域をモノづくりから予防や改善提案へ拡大
身体にハンディキャップを抱えたために義手や義足などを身に着けている人は日本全体で100万人以上に達している。そのような方々は義肢装具による自立的な行動だけでなく、医療関係者を含む様々な周囲からのサポートを受けることにより、充実した生活を送ることが可能になる。ADAPTの代表である須藤氏も両親が足に課題を抱えている環境で育ったこともあり、義肢装具士の資格を取得して身体にハンディキャップを抱える人の支援を志すのは非常に自然なことだった。
義肢装具士としての仕事を進める中で須藤氏は、四肢の喪失などの原因は事故などによる突発的なものだけでなく、糖尿病などの生活習慣病の進行に起因している場合が少なくないことに気が付いた。
「前職は大阪の企業で義肢装具士として義手や義足を製作していた。そこでは事故で足を切断したり腕をなくされた方だけでなく、変形性関節症など膝軟骨がすり減ってしまって手術をするとか、靴擦れから潰瘍が発生するとか血行不良が発生するなどして切断に至るような方が多かった。そういったことから義肢装具をつくる前の段階での予防、健常の方のサポートなどを含む幅広い活動をしたいと思い、創業を決意した」(須藤氏)
現在のADAPTの主力商品は歩行時に痛みや歩きづらさを感じている患者に向けた靴の中敷き(インソール)で、専用の足裏計測機器“footscan”を用いて足底圧や重心位置の計測を行ない、患者ひとり一人に最適なオーダーメイドインソールを製作している。
「footscanで計測した立ち方や歩き方を患者にフィードバックして、現在どのような立ち方や歩き方になっているのかをまずご自身に理解してもらう。そして痛みなどの症状がどういう理由で発生しているのかを知っていただいて、それに対応するインソールを提案する。さらにその情報を理学療法士や医師と共有しながら、どのようなリハビリをやったらよいかといった提案につなげていくような活動ができればと考えている。
ただインソールを作って販売するだけというのではなく、患者本人がどのようなスポーツをしているのかとか、どういう生活をしているのかといった観点、加えて身体状況までも含めてモノづくりに結び付けなくてはいけない。そこまで我々の価値を高めていきたい」(須藤氏)
一般的な義肢装具士の仕事としては医療スタッフに対して提案するところまでは含まれていない。しかし、例えば歩き方や重心のかけ方が崩れているために膝に痛みを生じてしまっている患者に対して、膝のサポーターだけでなくインソールによる支援を提案するのは理にかなっている。コメディカルスタッフの一員として、義肢装具士がその専門的な知見に基づく情報提供や提案を挙げていくのは、患者にとっても望ましい医療チームの姿といえるだろう。
ADAPTがサービスを提供している医療施設はすでに60ヵ所程度に達しており、義肢装具士からの新たな価値提供について、連携を深めつつあるとのことだ。
「病院経営の観点からみると多くの患者が来院することは良いことだが、あまりに多くなりすぎると今度は患者ひとり一人の満足度が下がりかねない。そこで足や膝に痛みのある患者が来た時には、まずADAPTに振ってもらって足の状態を計測する。ADAPTで患者が話す病態と計測データを突き合わせて痛みの理由を説明すると、患者の満足度が非常に高くなる。
医師が患者を診る際の業務分担として看護師さんが採血するといったことと同様に、スタッフの一員として見てくれるようになってきた。一方でインソールを製作するというところはマネタイズできていても、情報の提供や提案についてはどうやっていくか、現在の課題だと考えている」(須藤氏)
テクノロジーで義肢装具士の働き方を改革する
義肢装具士の国家資格保有者は極めて少数で、国内に6000人程度しかいない。十分な経験を持つ人材が不足していくことに加えて、ADAPTのように義肢装具を作るだけでなく、四肢の状態を計測したり患者の話を聞くなど情報の収集にまで業務内容を拡げると、経験豊かな義肢装具士にとっても新たな職域に適応するための時間が必要になる。
収集したデータが多岐にわたる分、取り扱いには配慮が必要になるし、それらを患者に伝える際にもより踏み込んだ説明が求められることも多い。これまではADAPTで最も豊かな経験を持つ須藤氏がいわばトップセールスマンとして最前線で活動してきたが、今後は新たに採用した人材に対して、蓄積してきた技術や知識を伝えていかなくてはならない。
「従来、義肢装具士は足の型を取った後に石膏を流し、それを手で削って足型を作り、そこにインソールを熱で成形して作っていくというのが一般的なやり方だった。そういう手仕事が属人的になってしまうのが嫌だった。
ADAPTではCADCAMを使って3Dデータを用いた設計をして、そのデータからインソールを成型する手法に取り組んでいる。義肢装具士の現場もDXしていかなくてはならないと思っている。その結果、人材が能力をより発揮しやすくなるだけでなく、産業廃棄物として出てしまう石膏を削減でき、環境にも優しい仕事ができるようになった」(須藤氏)
デジタル化により義肢装具の製作も分業化が可能になった。例えば病院で患者のデータをどんどん測定する担当者とデータを使ってインソールを設計する担当者に分けてワークフロー化すれば、作業効率も向上するし働きやすい環境を構築できる。離職率の高い業種であるがゆえに、須藤氏は社員の健康的な働き方と会社の持続的成長の両立を心掛けている。
高齢化社会が進行するにつれて義肢装具士に対する社会的ニーズが増大してきている一方で、こどもたちが学校の内外でスポーツに取り組む環境が普及してきている。そこでADAPTは若年層の怪我の予防的観点からその活動範囲を病院の外へと拡げている。
「大阪市のスポーツ協会からの依頼で、スポーツ指導者向けの講習会で講演を行った。こどもたちに怪我の予防の大事さを知ってもらう前に、まず指導者から啓発活動をスタートしている。
サッカーのクラブチームでは、プレーは上手いが怪我をしがちなこどもに対してどのような指導をするべきなのか悩みがある。ADAPTは一般社団法人大阪府サッカー協会のパートナーにもなっており、大阪府下のクラブチームが集まる大会などで指導者の方々とコミュニケーションをとっている。
こどもたちの足底圧の計測会も開催している。計測結果を手元に持ってもらったうえで、怪我のリスクがあるタイプの足裏をスライドで見せたり、足に悩みを抱えている方に直接アドバイスをしたりといったことも行っている」(須藤氏)
より多くの人々の健康を支えるために義肢装具製作をDXするADAPT
インタビュー終了後、S-CubeにあるADAPTのラボを見学した。そこでは病院で計測したデータに基づいてインソール製作用の足型を作っている。現在は3Dデータから削り出しで製作しているが、3Dプリンターによる成型も検討しているとのこと。
「3Dデータからの削り出しの場合、それは数分で終わるがあとで手作業による整形が必要になる。3Dプリンターを使えば3時間程度かかるものの、それが最終製品といって良いものになる。夜中に動かしておけば製品ができるというのはありがたい」(須藤氏)
ADAPTが蓄積してきた患者のデータは、従来の義肢装具士では持ちえなかった貴重な情報源となる。医療現場におけるデータの活用はアカデミアや医療スタートアップにおいて日進月歩の活況を呈しており、すでに医師などとの協力体制が構築できているADAPTは、そこからさらに大学の医学部などとの連携へと進めていくことができるだろう。
高齢者が抱える痛みを含めた症状の情報や、こどもたちの事前予防的なデータが蓄積されてくると、将来的にはAIによるデータ分析からリハビリや義肢装具の提案へとつなげる未来も描けるようになる。職人技に依存していた義肢装具士の働き方を変革し、より多くの人々の健康を支えるADAPTの成長に期待したい。